忘憂之物

酒クズJDから見た世界

ブログ開設起起承転転

 

友が言った、「ブログやれ」 そしてブログができた。

ごく普通の会話だった。当たり障りのないやつだ。わたしは敬愛する友人と、穏やかな午後の日差しの中で、ぽつぽつとした会話を楽しんでいた。とりとめのない会話は、流れ流れて、最近プライベートで何をしているか?という内容に至った。

 鷹「あぁーマジで最近はな、スプラトゥーンして寝て起きてスプラトゥーンしてご飯食べてスプラトゥーンしてる。寝ようとして目を閉じると、瞼にさっきのプレイングが映るんだよ。やめらんないんだよな」

友「……。それもそれで忙しいし楽しいけどさ、もっとさ、世界に自分のことを発信していこうよ。何を考えて、どう生きていくとかさ。俺は知りたいけどな。」

 鷹「うーん、発信か......そういう生産性のある人間になりたいっていっつも言ってるけど、何すりゃいいかてんでさっぱりなんだよな」

友「やっぱり文章が一番じゃない?

ブログとか、始めてみれば?

こんな感じの漫画が昔、家に届いていた気がする。ベから始まってセで終わる、進研な通信講座である。

ブログ!その発想はなかった。「生産」というと、絵とか音楽とか、そういうアートっぽいものを作り上げるというイメージだったのだ。なるほど、文章書くのも生産だ。こりゃいいこと聞いたな。夢にまで見た「生産性のあるオタク」に、なれるんちゃう!?

 

 ブログ、精神にいいのでは?説

そんな気付きを得、ちょっと考えてみた。うーん。

「あれ?」

ブログ、めちゃくちゃ精神によくね?

どこが具体的に精神に良いかというと、まず、最近の日本、特にネット社会でタブーとされつつある「自分語り」がし放題なのである。自分語りは、ちょっと異常なほど気持ちいい。危険である。秩序がなければ、気持ちよさを求めた人々が好き勝手に自分語りで殴り合って、正常なコミュニケーションができなくなってしまう。それ故に人間たちは、お互いを常にけん制し合い、自分語りを未然に防ぐことによって、なんとか平和を保っているのではないかと思うのだが。ブログなら、自分が物事に対してどう思っていて、何をしたいのかを思う存分、世間にむかって剥き出しにできるのだ。恐るべしである。法の抜け道である。

また、ブログだと、何文字書いても人権を失うことがない。これも大きい。私は普段ツイッターを好んで使うのだが、あれは短いメッセージをテンポよく投下していくものである(と思っている)。時々、常に140字ぎりぎりのツイートを投下されるぎっちぎちツイッタラーさんがおられる。あれはあれでよいものであるが、JD(笑)となると話は別なのである。いくら私が酒クズの童貞メンタルだからといって、社会的立場が変わるわけではない。クラスやサークルの友達がたくさん相互FFにいる中で、140字ぎりぎりの自分語りツイートを10個並べたりしたら、、、あとはお察しなのである。

 

ブログは精神のサプリメントであり、我が内面を映す鏡

というわけで、このブログ開設に至った。 今後の記事内容としては、

・精神サプリメント的自分語り

・自分と向き合うための思考整理

・趣味の記録

・友達には言えないあんなことやこんなこと

などなど、私の内面のすべてをここに集約していこうと思っている。

これはもう、精神的全裸である。JDの精神的全裸をやっていく。そういうブログになりそうです。どうかよろしくお願いします。どうかどうか優しくしてください。

 

以上.