忘憂之物

精霊になりたい

線画について考えたこと(随時更新)

絵が難しすぎる 

 線画きったねえ、というのがたくさんある悩みの一つなんだけど、最近いくつか気づいたことがある。

 

線っちゃ線なんだけどさ

 まず、「線画」というのがちょっと名前が悪い気がしている。(外国語知らないですが……。)あれを「線」と捉えるからいけないのではないかと。あれは塗りの一種ではないか。近くにあるものは濃く、影になるところも濃く、印象を薄くしたいところは薄く。線と塗りを分けて考えるべきじゃないと思う。それを言語化できるようになった。

 

お前の線画まじボールド

 線画の段階で絵が死ぬことがままあって(当社比)、なんでだろうと考えたのですが、「線が極太のまま」何もかもを描いているせいじゃないかと思う。端的に言えば、線で空間を均質にくりぬいてしまっているわけだよな。服のシワとかも。外側の線が濃くなっている線画を時々見かけて、すごく魅力的なんだけど、あれは意図してやっているのであって、内部のメリハリはしっかりついている。だから鑑賞者の視線をコントロールできる。この「鑑賞者の視線コントロール」というのが絵のすべての基本なんじゃないかとも思ってきた。それはまた別の話だけど。

そもそも線画ってのは現実世界に存在しないものだから、一番目立っちゃいけないものじゃないかと思う。均質ってものも現実世界には存在しない。そもそもジャケットの線と体の線はまったく違うテイストで描かれるべきものだろう。それを「均質」に「目立つように」描くから、なんか視点が分散する不自然で魅力のない絵になってしまうんじゃないかと思った。

 

 

とりあえず以上。

他に気づいたことがあったら随時加筆していきたい。

テキストエディタの天啓をください

 

小生大学生、卒論を控えてビビりまくり

趣味、アニメオタク ワナビ

となるといいテキストエディタが欲しくなってくるわけです。

が。

いかんせんなんていうか、響くものが見つからない。デザインと機能を兼ね備えたものが理想なんだけど、なかなか難しい。というか、脱線してでも一言言いたい、App Store の検索性がヤバい。悪い方にヤバい。これはわたしが情弱なせいかもしれないんだけど、名前でしか検索できないというのはちょっといただけなくないですか?

デザインとしてはStoneちゃんが好みなんですが、「書く」だけってのがちょっと贅沢に思える。貧乏気質なので。なら標準テキストエディタを使え?そうなんだよな。

 

 Scrivenerが高すぎる

 と、思いませんか。でも随所でべた褒めされているその実力を味わってみたい気もするやな。

Scrivener 3

Scrivener 3

  • Literature & Latte
  • 仕事効率化
  • ¥5,400

  現時点では第一候補として自分の中にあるということ、書き留めておきたくてこれを書いています。

 やー、Evernoteが死んじゃったのが本当に痛いでござる。

 いいか自分、マジでよく考えて買えよ。お前、財布無くしたろ。いい加減に

ガルパンがすごく好き。

 下書きに魂のシャウトが残っていたので加筆して更新してみたいと思う。適当なことを言いますが殴らないでほしい。オタクの独り言はデカい。

 前回の記録を見るに半年近く放置していたようだ。飽き性が数字で示されるシステムはなかなか面白い。

 閑話休題.

 

  半端ねえんだ、懐のデカさってやつが

 最終章の公開が始まって、ガルパンをまた見直してみたんだけど、やっぱりすごい。コンテンツとして、一体何がこんなにすごいかと考えた時、「ジャンルの懐のデカさ」ってのがあるんじゃないかと思った。

 

  具体的には 

 ガルパンの大筋というのは、ミリタリーと女子高生とっていう、最近では比較的よく見る構造だ。(某キャラデザの人のリキによるところも個人的にはデカそうに思えます)

 わたし自身はミリオタじゃないから、彼女たちが具体的に何をしているかは詳しくはわからないんだけど、その描写の緻密さにはミリオタも思わず脱帽らしい。ミリタリー面から解説してくれてるページとか見ると、毎回褒めちぎられてるもんね。戦車の動きとか細かい操作性の違いとか排煙の仕組みとか脆弱性とか。ここで「ミリオタを受け入れる器」ってのが用意されていることがわかる。ミリタリーと銘打っておきながら中途半端なものをやらせると途端に物語の真剣さが失われてしまう。他の要素も巻き込んで死んでしまうんだと思う。

 それに加えて、練られたキャラデザがある。わたしは美少女コンテンツ大好き侍にて候ので、色々なキャラクターを見てきたわけなんだが、ガルパンは頭一つ出ている気がする。何がすごいかといえば、「シンプル」で「わかりやすい」キャラクターデザインになっているところです。キャラクターたちをみていると、よくありがちな要素モリモリ髪色ハデハデ制服何それ!?みたいなキャラクターがいないわけなんだけど、それでいて全員差別化ができている。立ち絵の時点で、だいたいこれがこんなキャラクターだろうな、というのがわかると思う。学校にしても、それぞれ使用戦車のお国に合わせた校風なわけだけど、それも制服のデザインでわかるようになっている。黒森峰の制服を一目見ただけでドイツやろな〜ってわかるというのはすごい。みほとまほの対立の構図も物語の根底に流れているわけだけど、一見似てない二人が姉妹だってわかるようになってるよね。西住サイドヘアーのおかげです。ありがとうございます。これもやりすぎな感じがなくスッと入ってくる。「ああ、姉妹か」って思える。

 彼女たちは、作中でモノローグ的なものを披露することがない。でも、それぞれが思っていることがあって、感情があって、それを折り合わせて察し合いながら生きているんだろうなということが肌で感じられる。有り体な言葉で言うなら「キャラクターが立って、生きている」と思える。言葉の端々、表情からの情報で、キャラクターの内面を想像するのはオタクにとって至上の娯楽である。たくさんのキャラクターたちの膨大な内面感情が、語られないままドンとそこに置かれている状態である。語られないからこそいくらでも料理できてしまうとも言える。想像の余地が多く、沼が深い。

 

  ガルパンが 好き

 要は、いろいろなものが語られずにそこに存在しているというのがすごいんだと思う。ミリタリーもキャラデザも、そして彼女たちの思いも、作内で触れられることはない。でもそれぞれがその道のプロたちによって練られていて、潜って行ったら底がない、みたいな感覚。受け取り手はそれを甘受して、好きなレイヤーで受け取ることができる。指揮官たちの軍人としての優秀さという観点から見てもいいし、キャラクターたちの心情に寄り添ってみようとするアプローチもできる。戦車の使い方やギミックに注目してもいいし、ガルパン時空全体がどういう世界観なのか考えてみるのもアリだ。つまり、「誰が、どのような視点から見ても面白く作ってある」のが、ガルパンというコンテンツが優れている所以なのではないかと思った。

 本当に大好き。

 

以上。

最終章1話は何回見れるかな?

 

ブログ開設起起承転転

 

友が言った、「ブログやれ」 そしてブログができた。

ごく普通の会話だった。当たり障りのないやつだ。わたしは敬愛する友人と、穏やかな午後の日差しの中で、ぽつぽつとした会話を楽しんでいた。とりとめのない会話は、流れ流れて、最近プライベートで何をしているか?という内容に至った。

 鷹「あぁーマジで最近はな、スプラトゥーンして寝て起きてスプラトゥーンしてご飯食べてスプラトゥーンしてる。寝ようとして目を閉じると、瞼にさっきのプレイングが映るんだよ。やめらんないんだよな」

友「……。それもそれで忙しいし楽しいけどさ、もっとさ、世界に自分のことを発信していこうよ。何を考えて、どう生きていくとかさ。俺は知りたいけどな。」

 鷹「うーん、発信か......そういう生産性のある人間になりたいっていっつも言ってるけど、何すりゃいいかてんでさっぱりなんだよな」

友「やっぱり文章が一番じゃない?

ブログとか、始めてみれば?

こんな感じの漫画が昔、家に届いていた気がする。ベから始まってセで終わる、進研な通信講座である。

ブログ!その発想はなかった。「生産」というと、絵とか音楽とか、そういうアートっぽいものを作り上げるというイメージだったのだ。なるほど、文章書くのも生産だ。こりゃいいこと聞いたな。夢にまで見た「生産性のあるオタク」に、なれるんちゃう!?と、軽率な私は思った。

 

 ブログ、精神にいいのでは?説

そんな気付きを得、ちょっと考えてみた。うーん。

「ふむ」

ブログ、めちゃくちゃ精神によくね?

どこが具体的に精神に良いかというと、まず、最近の日本、特にネット社会でタブーとされつつある「自分語り」がし放題なのだ。自分語りは、ちょっと異常なほど気持ちいい。危険である。秩序がなければ、気持ちよさを求めた人々が好き勝手に自分語りで殴り合って、正常なコミュニケーションができなくなってしまう。それ故に人間たちは、お互いを常にけん制し合い、自分語りを未然に防ぐことによって、なんとか平和を保っているのではないかと思うのだが。ブログなら、自分が物事に対してどう思っていて、何をしたいのかを思う存分、世間にむかって剥き出しにできるのだ。恐るべしである。法の抜け道である。

また、ブログだと、何文字書いても人権を失うことがない。これも大きい。私は普段ツイッターを好んで使うのだが、あれは短いメッセージをテンポよく投下していくものである(と思っている)。時々、常に140字ぎりぎりのツイートを投下されるぎっちぎちツイッタラーさんがおられる。あれはあれでよいものであるが、JD(笑)となると話は別なのである。いくら私が酒クズの童貞メンタルだからといって、社会的立場が変わるわけではない。クラスやサークルの友達がたくさん相互FFにいる中で、140字ぎりぎりの自分語りツイートを10個並べたりしたら、、、あとはお察しなのである。

 

ブログは精神のサプリメントであり、我が内面を映す鏡

というわけで、このブログ開設に至った。 今後の記事内容としては、

・精神サプリメント的自分語り

・自分と向き合うための思考整理

・趣味の記録

・友達には言えないあんなことやこんなこと

などなど、私の内面のすべてをここに集約していこうと思っている。

これはもう、精神的全裸である。JDの精神的全裸をやっていく。そういうブログになりそうです。どうかよろしくお願いします。どうかどうか優しくしてください。

 

以上.